今年のノーベル物理学賞は、気候変動の数値モデル開発に貢献した3名の共同受賞だった。物理学賞というので、素粒子とか、量子力学とかかな、と思っていたら、気候変動?というのは意外だった。しかし、ニュートン力学と熱力学の組み合わせで気象予測が行われていることを考えると、まあ、確かに、というか立派に物理学である。今年も世界各地で激甚気象災害が頻発し、IPCCのAR6では気候変動において人間の化石燃料多消費型経済活動が決定的な影響を与えていることを断定した。人新世という言葉がついた本が売れまくり、朝の連続ドラマも気象と里山の暮らしの関わりを扱っている。Covid-19感染症という2年連続のメイントピックスを除外すれば、今年はまさに気象つながりの1年になりそうだ。
気候変動というと、日本はIPCC第4次報告書での悪い印象が喧伝されて、以来長らく地球温暖化は半信半疑、気がついたら環境対策は世界でも出遅れ組という状況だ。環境問題を考える難しさは、数億年から百数十億年という超長期で展開する地球環境のダイナミズムが、ひとりの人間が生きている時間感覚では実感できないことにある。もうひとつは、エネルギーというものが、実は十分に理解されていないことにあるのでは、と思う。「電気のことでしょ?」と言われれば、確かにそうなのだけれど、それだけではない。
力学の最初のほうで、エネルギー保存則を勉強する。位置エネルギーと運動エネルギーの相互変換プロセスで、振り子とか、ジェットコースターとかの説明を一通り聞いて、「へー、そーなんだ」、と思って、たぶんそれきり忘れてしまう。ところで、気象の世界では、暖かい空気と冷たい空気が出会うと不安定になる。両者は軽い空気と重い空気で、冷たくて重い空気は、暖かくて軽い空気の下にもぐり込もうとするからだ。この時、冷たい空気の位置エネルギーが運動エネルギーとして開放され、温帯低気圧が発達する。エネルギーは、振り子の運動よりも、ジェットコースターよりも、気象現象として多くの人々の身近な生活に直結する現象を支配している。とらえどころがない。それがエネルギーの本質だ。
環境問題も、エネルギー問題も、物理学の理解が欠かせない。Covid-19感染症対策では、科学の知識を社会的にどのように取り扱うか、政治と科学の微妙な関係を考えさせられてきた。その苦い経験が、この先、環境問題や、エネルギー問題にどのように活きるだろう?