2023年に出版された本です。建設工事契約の手続きの流れに沿い、発注者の立場、受注者の立場双方から論点を整理した「基本書」です。契約締結の手続きに従って、どのような問題が発生しやすいのか、それを民法や建設業法、標準契約約款はどのように解決しようとしているのか、詳細に、丁寧に解説しています。建設工事契約は、建設工事そのものが1点ものの成果物を、長時間かけて製作する作業のため、問題になりそうな事象が多く、それだけ多くの条文数が必要です。とは言え、個別の工事によって、すべての条文のカスタマイズが必要かと言えば、必ずしもそうではないので、どのような工事でも、ある程度、共通に適用できそうな規定は定款としてまとめ、個別の工事に特有の事項、工事の名称、工期、金額などを注文書、注文請書という形で処理するのが建設工事契約の、ひとつのあり方です。もちろん、約款という形式を取らず、全ての条文を書き下した工事請負契約書を使う場合もあります。

国土交通省の最近の調査によると、元請工事契約で民間建設工事標準請負契約約款を準用する建設会社は全体の約4割、独自の約款、契約書を利用する建設会社も約3割とか。4割は、ちょっと少ない、3割は意外に多いかも、と思いました。

近年の建設工事契約の周辺を概観すると、民法改正、とくに債権法改正は大イベントでした。それから2020年の新型コロナ禍で、予想外の事象の発生に伴う工事の中断とか、契約解除に関する議論がありました。2024年には、時間外労働の罰則付き上限規制の適用で、そもそも工事を完遂できないリスクが高まった場合に備えて契約内容をどのように見直したら良いのか、という議論もあり、それほど高リスクなら、もはや仕事を断れば良いのでは、などと考えていたら(契約でカバーできるリスクと、そうでないリスクがあります)、資材費、作業費の急騰という別の角度から入札不調という契約不成立が最近では頻発するようになりました。つい先日、終了した大阪万博では、工事代金の支払いに端を発して請負契約締結の徹底があらためて強調されています。10年も経過しない間に、建設工事契約の環境が激変したことを実感します。建設行政も、ある程度、そのような変化の流れを踏まえて、約款の整備などを進めています。

この本の中で、興味深い論点がありました。工事完了の判断です。発注者と受注者とで、工事完了の判断にズレがある場合の処理は、相当、厄介です。たとえば、一般消費者から注文を受けて戸建て住宅などを作る場合の契約で、デザインや色あいが設計段階と実際の施工とで、なんとなく微妙に違う、ということは、ありそうです。その場合、些細な違いだから補修可能としてひとまず工事完了となるのか。いやいや完璧に終わるまでは完了と見做さないのか、その場合、工事代金の支払いは?とか、いろいろな論点に飛び火、炎上の可能性がありそうです。契約論としての議論は、確かにその通りですが、現実は感情論の問題だったりするのでしょう。建設工事は、工事期間があるので、その間の当事者の信頼関係の維持がとても大切だと思います。

笠井 修『建設工事契約法』(有斐閣 2023年)

2025年11月12日