以前、『設例で学ぶ行政法の基礎』を読んだ時、“法律による行政の原理”がありました。いかなる行政活動も、法律の決めた範囲内でしか動くことはできない、という、行政法の基本原理です。この基本原理が、環境法の世界では、なかなかうまく機能しないという話でした。環境法の場合とは違う理由で、“法律による行政の原理”が十分に機能しない業界が、この本の“水商売”、接待飲食業界です。

新型コロナウイルス感染症の法的位置付け(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)が5類に移行(令和5年5月8日)したものの、新型コロナ騒動のフェードアウトをいぶかしむ昨今、この本を読みながら、新型コロナ関連の支援金、協力金の申請で右往左往した頃を思い出した。

雇用関係の助成金で、風俗業関連には至急しない、という問題発言から、この本は始まる。その後、不支給要件は撤回されたのだが、営業を正式に許可された事業者が、事業者としての要件ゆえに助成金を支給されない、というのは、当時の私も理解できなかった。「風俗業」の定義も実は曖昧だ。するとどうなるか?お酒の楽しみ方にもいろいろある。他の人が思いつかないような、斬新な楽しみ方を見つけて、いざ、お店を始めようとしたら、「風俗業」で絡めとられ、時代遅れな検査基準でいろいろ指摘されるうち、許可が下りて開業してみたら、当初の斬新さは微塵も無く、なんだ、普通の居酒屋じゃん、となりかねない。“法律による行政の原理”の限界は、環境行政に限らず、私たちのとても身近なところにある。

しかし、本書は、こうした、さまざまな社会的差別に対する批判に終わらず、エンターテイメントを支える接待飲食業界の一角として、業界イメージ刷新を図る内側からの努力についても詳述している。起業家として自分自身を磨くこと、その貴重な経験を従業員に伝え、深く根付かせること。それは、どのような業界にも共通の課題だ。そういえば、持続化給付金の不正受給に関与したのは、まっとうな業界の人々だった。業界イメージというのは、さほど頼りにならぬもの。

ところで、雇用調整助成金は、今年(令和5年)4月から通常運用になった。風俗業界への適用はどうなったか?事業主の要件を確認すると“令和5年4月1日以降の判定基礎期間からは、新型コロナウイルス感染症の特例事業主であったか否かにかかわらず、当面の間、風俗関連事業者であっても助成対象となります。”とある。助成はとりあえず継続か、と安心しつつ、風俗業界の特別扱いが続く落胆。

新型コロナが来て、そして去った、問題だけが残った。そんなことにならないように。

甲賀香織 『日本水商売協会 -コロナ禍の「夜の街」を支えて』 (ちくま新書、2022年)
2023年5月28日